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14年目の聴神経腫瘍検診

2011年3月3日に聴神経腫瘍摘出手術を東京警察病院で行うために入院し、翌3月4日に河野道宏医師に執刀していただいてから14年が経過しました。毎年欠かさず年に一度、MRI検査を行った後、河野道宏医師の定期検診を受診しています。右耳の聴力は無くなりましたが、手術前と何ら変わらない生活を送ることができていますし、再発もありません。

今年2025年11月に14年目となる定期検診に東京警察病院へ行ってきました。病院がある中野の街も14年が経過して大きく変貌しいます。14年前には東京警察病院がまだ建てられたばかりの頃で、その周りには広大な空き地が広がっていました。そんな中にひときわ目立つ東京警察病院の建物がポツンと建っていました。

四代目が入院していた時には、広大な空き地に大きなビルが何棟も建設されている最中でした。そして今では大きな建物に隠れた東京警察病院が小さく見えます。

東京警察病院にも変化があり、新館が建てられ「TMPH ピーポー保育園」がありました。

病院敷地内から見る景色も大きく変わりました。14年の歳月を感じますね。

脳神経外科の先生の名前欄も新しい医師に変わっていて、当時の医師名は誰一人見当たりませんでした。

朝10時に到着し、すぐに採血。その1時間後にMRI検査を行います。終わったのが11時30分。河野道宏医師の受診は午後1時30分からなので、その間に昼食を食べに出かけます。今回は中野駅北口にある手打ちうどん「長岡屋」のカレーうどんと決めています。さあ出発です。

10分程度で到着。

入口の自動ドアが開きません。店内に電気は点いているし、お客さんらしき人影も見えますが、ドアが開きません。どうしようか迷いつつ離れて観察すると、四代目と同様に自動ドアが開かずに困惑して去っていく客が数組ありました。恐らく店内が満席のために入店を制限しているのではないかと思いましたので、中野ブロードウェイを散歩しながら時間をつぶします。

12時30分過ぎに再度伺うと、先ほどまでなかった暖簾が出ています。もう入れると予想して自動ドアのボタンを押すと開きました。店内は4人席が10卓あり、先客が一巡したようで8卓ほど空いていました。直ぐに着席し「カレーうどん」を注文。待つこと10分位で熱々の「カレーうどん」が提供されました。

岐阜と違って、東京の蕎麦屋はネギが小皿にのっていて自分で後のせする仕組みです。先日行った「丸亀製麺」の生ぬるい「カレーうどん」と違い、熱々です。やっぱりこうでなくっちゃね。汗だくになりながら、美味しく完食。1,050円。ご馳走様でした。

直ぐ近くに別の蕎麦屋「満るい」(マルイ)を発見。次回はここに行ってみようと思うのでした。

昼食後に東京警察病院に戻り、1時30分からの河埜道宏医師の受診を待ちます。毎回、河野医師の午後外来の最初の順番になっています。河野医師はMRI画像を見て、問題なしとの診断結果を説明して頂けた。良かったぁーー。

写真左が2024年時。右がこんかい2025年時。
写真中央部の左側に腫瘍が白く映っていたが、摘出したのでそれが見当たりません。白い影があれば腫瘍が再発したことになりますが、その様な痕跡は見当たりません。再発していないということです。直ぐに家族に報告。

河野道宏医師に一年後の定期検診の予約を入れて、今回の定期検診の旅は終わりです。

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1月 22, 2026 · Posted in 聴神経腫瘍摘出手術 退院後  
    

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