四代目の聴神経腫瘍の摘出手術が3月3日耳の日で大安の朝8時から行われることが決定しました。

そのため今日3月1日、東京は中野にある東京警察病院に来ています。今日から約一ヶ月間の入院生活が始まります。中野での住まいは28年ぶりの里帰りみたいなもので、懐かしい気持ちと不安が入り混じった変な気持ちです。

すでに四代目と同じ手術を終えた頭に包帯巻いて普通に歩いている患者さんを4名ほど見かけました。痛みやめまい、顔面麻痺なども見受けられず、いたって普通でした。頭に包帯巻いている以外は。四代目もこのようであって欲しいと祈るばかりです。

同室の隣の方も頭に包帯巻いていて手術後の方です。いたって普通にされているので、昨日まで調べまくった体験者ブログの内容と少し違っていて、ちょっと安堵しています。

河野道宏先生の腕を信じるしかありません。信じていますよ〓!

今日は心電図検査と胸部レントゲン撮影、麻酔科の女医より全身麻酔の説明を受けて終わりました。

明日は午後3時から河野先生から手術についての最終説明があります。上京してくれる四代目の奥様と一緒に聞きます。

明後日の手術が、やはり今でも不安でいっぱいの眠れぬ夜を迎える四代目が東京警察病院五階病室ラウンジからお送りしました。

    

〓とうとう、ついに聴神経腫瘍の摘出手術当日の朝を迎えました。

あと1時間30分後に手術が始まります。手術は全身麻酔なので不安よりも興味と好奇心の方が強いのですが、麻酔から目覚めた時の不安が大きいです。顔面麻痺も無く、痛みや吐き気もなく目覚めていればよいのですが。さらには河野先生の技術と全スタッフの技術のすばらしい連係によって、無事に手術が成功することを祈るばかりです。

ちなみに昨晩は、手術前日にも関わらず、河野先生に全幅の信頼をしているので、なんの不安も無く、睡眠薬も必要とせず普通にぐっすりと眠ったのでした。

あーぁ、もうすぐだぁー!手術後はICUにいるのでしばらくの間、実況中継を中継します。また再開出来ることを祈るばかりです。

東京警察病院から四代目がお送りしました。

    

東京都中野区中野「東京警察病院」から地震実況中継

3月11日午後2時46分ころ地震があった。
そのとき四代目は、入院している東京警察病院5階の談話ラウンジでパソコンをしていた。目の前は前面ガラス窓の場所で外の眺めもよい場所。手術後5日経過してから午後の日課としてもっぱらここでパソコン作業をしている。

パソコンで文章を打ち込んでいると、突然少し上下に小刻みに震動があった後、グラーングラーンと建物が左右に大きくゆっくりと横揺れ始めた。いつもよりも少し長い時間揺れているように感じた。体感では約2分位。東京警察病院9階建てビルは免震構造ビルなので、ビルだけが大きく揺れているのかと外を眺めた。建築現場の大きなクレーンや木立も大きく揺れていた。地上に立っていた人も心配そうに立ち止まっていた。看護寮のビルからは、驚いた看護婦さんがあわてて部屋を出て階段で1階へ降りて行き心配そうに東京警察病院9階建ビルを眺めていた。1階駐車場にいた人も揺れていた。建物だけでなく、地面も揺れていることがわかった。

直感的に少し大きいかなと思った。
が、岐阜で比べれば大したこと無い。一人悠然としていた。
防災無線が流れ、エレベーターが止まった。
看護婦さんがあわただしく動き、ラウンジにいる人に揺れが収まるまで動かないよう案内した。揺れが収まった後、病室に戻るよう案内。パソコンを閉じて病室に戻りテレビでニュースを見る。3時08分 エレベーターが再開した。

ところがそのすぐ2分後、パソコンを打ち始めるとなんだか体が左右に揺れる。体が揺れているのか、頭がふらついているのか判断できない。地震で揺れているのか、頭がふらついて揺れているのかわからない。体が左右にふらふらと揺れる。「あれっ、おかしいなぁ」と感じる。窓にかかっているロールスクリーンの昇降用紐を見ると左右に揺れていた。余震であることがわかった。体や頭がふらついていないことがわかった。

3時16分
さらに余震が始まった。
小さな上下の揺れの後、グラッグラッと左右前後に不規則に大きく揺れている。
防災無線が鳴り響く。最初の揺れと同じ程度に感じした。

エレベーターの乗客を誘導した後、再度エレベーターが止まった。

あちこちで携帯電話を掛ける入院者、見舞者を見かけた。が、携帯電話はまったくつながらない状態のようでどなたも心配顔である。メールはできるようで皆携帯メール打っていた。地震に驚いている人が多いことに驚く。東京ではあまり地震体験は少ないので当然かな。公衆電話の順番を待つ人が出てきた。便利な現代社会の弱さを垣間見たようである。

3時19分ごろ、またなんだか体が前後に揺れているように感じる。「頭がふらつく??」「余震??」判断できない。窓の紐を見る。揺れている。たぶん余震だ。1分ほどで収まった。

3時22分、「東京警察病院は免震構造ビルなので安心です。落ち着いて行動してください。各階の被害状況を報告せよ」と防災センターからアナウンスが流れた。

3時27分、また余震発生。
上下、左右にドンドンドンと小刻みに振動した後、先ほどよりは小さいが左右前後に揺れ始めた。1分程度で収まった。エレベーターは再開していない。

3時32分、また少し体が揺れる??、頭がふらつく??、どうやら揺れているようで再度余震だ。直ぐに収まった。四代目の今の状態では、地震なのか自分自身の頭がふらついているのかまつたく判断できない。

3時47分、東京警察病院の防災センターから放送。「各階の防災隊は棚などからの落下物が無いか被害状況を報告せよ」つい先日、火災訓練を行っていましたが、その甲斐はあったでしょうか。被害状況は何もないようです。談話ラウンジから人が消えた。1箇所にだけある公衆電話に次から次に人がやってきている。携帯がつながらないから当然か。

4時、日が落ち始め、すこしうす暗くなっていた。外を眺めてみる。目の前の建築現場ではいつものように普段通り工事を普通に行っている。中野サンプラザ側から新宿方面を見てみる。何も変わらない。いつもと同じ光景。高円寺方面を見る。やはり何も変化が無くいつもの光景であった。エレベーターは4時09分放送が流れ再開した。担当看護婦が来て、病室に戻るよう案内された。病室に戻って直ぐ4時16分、小さな余震が発生。掛けてあるタオルの揺れでわかる。収まっては揺れを小刻みに繰り返している。

3月 11, 2011 · Posted in 四代目のつぶやき  
    

 安田屋家具店でも人気が出ていて大変好評の「ハンギングチェアー」ですが、昨年のキムタク主演のテレビドラマ「月の恋人」に引き続き、またまたテレビに登場しまくります。

 3月1日より カゴメ野菜ジュースの宣伝に使われると情報が入りました。ということは、今日からテレビコマーシャルで流れているはずです。四代目はまだ見ていませんが。何かと話題になると 広告会社の担当者が言っておりました。これでまたまた「ハンギングチェアー」人気に拍車がかかりそうです。

 【 カゴメ野菜生活100 Silky Soy】・・「お気に入りの椅子編」に写っているハンギングチェアーはナチュラル色で天井から吊り下げているタイプです。

  【 カゴメ野菜生活100 Silky Soy】のテレビCMは写真をクリックすると見れます。

 商品は、3月5日工場入庫分15台はすでに販売済みでして、4月早々の入荷分は多めに発注しております。
 ただいま安田屋家具店ネットショップ「ぎふ楽市楽座」店でご注文いただきますと、4月末の入荷予定です。発送は5月初旬を予定しています。ただし現在の【東日本大震災】の影響により予定よりも遅れる場合がありますことをご理解ください。 またこの文章をアップしている最中にも全国から工場に注文が入ってきていて、先着順に売約となっていきます。

 ご検討されておられましたら早めにご注文をされることをお勧めいたします。ハンギングチェアーの注文は、ぜひ安田屋家具店のネットショップ「ぎふ楽市楽座」でご用命ください。お待ちしています。
検索は「ぎふ楽市楽座」で!

 ハンギングチェアーの最近のご注文内容はスタンドなしで建築がらみ物件で、天井から吊るすケースが多くなっているようです。特に若い世代が中心であり、若い女性の人気が高いようです。それにしても若い世代の家具購入が、ニトリやアウトレット家具の使い捨てる「粗大ごみ」的低価格ばかりと嘆いていましたが、若い世代の中にも本物の良さを理解してハンギングチェアーを購入される方がいることは、まんざら嘆くばかりではないようでホッとしています。

 ハンギングチェアーご検討の方はお早めにぃ〜〜〜!

3月 16, 2011 · Posted in ハンギングチェアー, リビングルーム  
    

 いよいよ明日、3月19日は四代目の誕生日です。

 1960年、昭和35年誕生以来、50年間。

 岐阜の名将「織田信長」公の時代であれば、『人間五十年、下天の内を比ぶれば・・・』とすでに寿命が尽きる歳です。最近特に思うことは、世の中に同じ年齢の人がなんだか増えたなぁーという感覚。それまでは、出会う人、テレビ・新聞などに掲載している人などを見ていても自分より年配の人ばかりだと感じていましたから。それが最近は、自分の周りだけでなく世の中で活躍している人が、自分の年齢と近い人たちばかりのように感じてなりません。これは犯罪者に関しても同じことがいえますが。それだけ歳をとったということなんでしょうね。自分では30歳代と何も変わっていないように思うのですが、世間から見た外観は完璧な「おっさん」「初老」の部類に入ったのでしょう。何となく実感できるようになりました。

 さて誕生月である3月、聴神経腫瘍摘出手術のために東京警察病院に入院。これが神様からの素敵な誕生日プレゼントとなりました。3月1日の入院以来すでに18日経過。ほぼ毎日ベットの上で過ごし回復に努めています。自分でも信じられないことですが、あれほどのテレビ好きだったのが、な、な、なんと見る興味が無くなったのです。それに伴い、今までいかにテレビに縛り付けられていたことかがわかりました。

「次はこんな面白い番組やります
「次週の予告はこんな展開で・・・」
「○月○日△△△を絶賛ロードショー」etc

 こんな宣伝の洪水ではテレビから離れられないのは当然です。いわばテレビ中毒に似てます。【禁テレビ】を決意したわけではないのですが、自然と入院の流れで3月3日の手術以来見ていません。

 病院という俗世間から隔離された場所にいて、笑顔あふれる多くの天使に囲まれながら、日がな一日をベットの上で過ごしていると、テレビだけでなく、俗世間の事柄にいかに縛られていたかに気がつきました。仕事、会社、街づくり等など。どれも重要だと思っていたことが、実は実際にはそれほど重要ではないことに気がつかされました。深刻に考えていた事、やらなければならないと考えていた事、いずれも大した問題ではないですね。どうって事ない事柄ばかりです。できなきゃできないでいいんです。やらなければならないことなんてそれほどありませんね。

 それよりも健康がいかにありがたいことかに気がつかされました。家族が、会社スタッフが、美殿町の活動を一緒にしてくれる仲間が、そして知り合った多くの友人がとても大切であり、一緒に楽しく、笑いながら過ごすことができるかが大切だと改めて思いました。毎日を楽しんで暮らす。くよくよしない。何事もポジティブに考え、振り返らない。執着しない。大変な時はさっさと寝てしまう。映画「風とともに去りぬ」の名セリフ【Tommorow is anather Day】明日になれば別の日だ。そんな心を持って51歳からの第二の半世紀の人生をスタートしようと心に思いました。なんといっても100歳までは生きたいと思ってますからね。贅沢かな。

素敵な神様からの誕生日プレゼントに感謝。

東京警察病院の天使に囲まれ、四代目、命の洗濯をして候!!

3月 18, 2011 · Posted in 四代目のつぶやき  
    

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