TOPページ » 聴神経腫瘍闘病記 » 聴神経腫瘍摘出 手術体験談 » この記事

聴神経腫瘍手術体験記11

【実録!聴神経腫瘍との闘い】手術終了5

2011年3月5日は、四代目が聴神経腫瘍摘出手術のために東京警察病院に入院していた日です。手術をしてから10年以上が経過しました。手術した右 耳の聴神経はやむなく切断したために聴力はなくなり左耳だけでの生活を過していますが、手術前となんら変わりなく元気に仕事もできることに感謝です。あの 時の体験を自分自身に振り返るために再掲載することにしました。毎年何回もお読みいただく皆様にはしばしお付き合いの程をお願い致します。

尚、河野道宏先生は、現在「東京医科大学病院」にて診療を行われています。


これ以降の体験内容はすべて四代目自身の体験です。自分自身の記憶として作成したものです。手術後の状態は千差万別ですので必ずしも同じ状態になるとは限らないことをご理解ください。ただ聴神経腫瘍摘出手術を行う人の何かの役に立てればと思います。

2011年3月5日 手術後2日目

朝食です。
(この時はまだ記録として食事の写真を撮ることを考えていなかった)

 この日は朝食後、尿道に入ったままの管を抜いた。
 ナースが「息を吐いてぇー」「いち、に~の、さん」と言う合図とともにスッと抜かれた。緊張したが痛みはなかった。「排尿するときに少し痛かったり、血が出る場合があります。まだ完全に歩けないのでトイレに行くときはナースコールしてください」と言われた。しばらくしてナースコールをして一緒にトイレに行く。手術後はじめての排尿。少し緊張する。痛みは無い。血も出なかった。ただ排尿の最後にプニョプニョと空気が出た。初めての体験に驚きあわてた。だが何も問題なかった。再度ナースコールしてベットに連れて行ってもらう。ここは病室にトイレがあるので歩く距離が少なくよかった。

昼食です。

 午後、熱い蒸しタオルで身体を拭いてもらった。起き上がった時ふらつく。この感触は乗り物酔いに似ていた。手術後、初めて着替。心身ともにリフレッシュした気分であった。その後、MRI撮影のため、車椅子に乗って連れて行かれた。ふらつく。MRI室では6人掛かりで撮影台に乗せられた。

 縫合した部分に入れてある管を抜くため処置室に歩いていった。途中、歩いている姿を見た家族が驚いていた。点滴が下がっている支柱につかまり歩いた。ふらつくが一人で歩けた。処置室で担当医が待っていて縫合部分を触られたが感覚は麻痺したままで、ギブスの上から触られている感覚であった。自分の頭と言う感覚が無い。おもむろに管を抜く処置をはじめた。「縫合しますからチクリとしますね」の声に身構えた。しかし何の感覚も伝わってこなかった。担当医が「写真とらなくていいですか」と声を掛けてくれた。デジカメを持っていなかったことと、生々しい傷を見る気なれず「次回で」と言うのがやっとだった。

 夕方には一人でトイレにふらつかずに行けるようになった。順調に回復している。ものはまだ二重に見えているがさほど問題は無い。

夕食です。

 夜、病室内にイビキの大轟音が鳴り響いた。クスリの影響らしい。「グゥオゥーー」「ガガガガァーー」「ガオァー、ゴーーーー」眠れない。闇夜の中、耳栓を探したが見つからず、今夜は睡眠モニタリングかとあきらめてイビキを聴いていた。大音響に耐えられず再度耳栓を探す。見つけ出して耳に押し込む。このとき気がついた。手術側の右耳が聞こえない。正常な左耳だけに耳栓を入れた。これはかなり便利だ。耳栓1個だけで事足りると思いニヤリと笑った。そして深い眠りについた。

この記事の内容が役に立ったら共有してね!
3月 5, 2021 · Posted in 聴神経腫瘍摘出 手術体験談  
    

Comments

Leave a Reply

Verified by MonsterInsights