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老舗名店がまた一つ消えた

昨年11月に菅原文太兄ぃが逝き、また一つ昭和が消えたと感じていたところなのに、安田屋家具店が立地する美殿町商店街界隈でも、昨年末に次々と名店が廃業してしまった。寂しい限りです。昭和がどんどん遠ざかっていきます。

名店の一つ、岐阜市内の老舗古本店「我楽多書房(がらくたしょぼ)」も12月21日に閉店・廃業してしまった。1964年開業、四代目4歳の時です。あれから50年。岐阜新聞の一面でも大きく取り上げられていた。詳しくは「知の宝庫、愛され半世紀 岐阜市・我楽多書房21日閉店 2014/12/12」をご覧ください。

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この「我楽多書房」は四代目にはホント思い出の古本屋さんです。このビルの2階の狭い場所に天井から床まで所狭しと古本があった。小学生高学年から中学生時代まで、マンガの単行本の古本を買いによく訪れました。ここで一番好きな望月三起也氏の「ワイルド7」を知った。

「我楽多書房」ではマンガの単行本のセット販売も多くあったので、「ワイルド7」は1巻から20巻までを中学生のなけなしのお小遣いをはたいて買ったことが懐かしい。買うまでに何日も迷っていたっけな。

他にも小沢さとる氏の「サブマリン707」や千葉てつや氏の「紫電改のタカ」もワクワク、ドキドキしながら買ったもんです。ほぼ毎日通っていた古本屋でした。

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また2階に上がる階段の壁に貼ってある張り紙がおもしろかった。「転ばぬ先のチェーン」「狭くて険しいインテリへの階段」「立ち読み歓迎、万引きお断り」。四代目が今でも印象的に覚えているのが「配達は向こう三件両隣まで」の向こう三件両隣という言葉です。四代目にとっては、この文字=「我楽多書房」なんです。

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閉店・廃業のポスターもおもしろい。さすが「我楽多書房」です。
原文をご紹介します。

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「ありがとう」1964-2014 50年
1964年、それは東京オリンピックが開かれ、東海道新幹線が走り始めた年。徹明町の交差点に建つ、このビルの2階にちょっと風変わりな古本屋が、オープンしました。

「狭くて険しいインテリへの階段」 そう書かれた急な階段を「転ばぬ先のチェーン」につかまりながら昇ったことを覚えておられますか? 美濃町線の電車や、乗り換えのバスを待ちながら、わずかな時間を使って、本棚を覗くお客さんで、小さな店内はいつもにぎわっていました。

「立ち読み歓迎、万引きお断り」店主・望月照夫が次々とひねり出す、そんな人を喰ったコピーも店の名物となりました。こうして徹明町の古本屋は、本好きにはもちろん、岐阜の人みんなに親しまれていったのです。

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「さようなら」1964-2014 50年
アーケードの通りはいきいきと輝き、交差点にはいつも明るい笑い声が響いていました。古本屋も1階に移り、「原始力扉」を開けてやってくるお客さんの数もいっそう多くなったのです。

そして半世紀。岐阜の街は、姿をずいぶん変えました。にぎわいは郊外へ遠ざかり、その流れを戻そうとしても、施策はいつも後手に回っていたようです。古本屋の店先で思いがけない本と出合う楽しみを忘れてしまう人も、だんだん増えていったのんもしれません。

店主が去ってから三年。何とか続けてきたお店ですが、半世紀を経た今、どうやら看板を降ろす時がきたように感じます。時代のせいではありません。ただ、私たちも、そろそろ一息入れたくなったのです。

今こうして書き込んでいる時、もう涙が止まらない四代目です。
美殿町マップの協賛にも快く承諾してくれましたね。ホントに寂しいです。50年間ありがとう「我楽多書房」。

そしてさようなら。

2月 2, 2015 · Posted in 四代目のつぶやき  
    

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