以前、安田屋家具店ホームページにてご紹介したことがある実店舗にて展示販売している書画のことなんですが・・・・、(過去記事はコチラをご覧ください)

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この書はなんていう字か読めますか???

「華」

という漢字一文字なんです。
書を書かれたのは、香川県高松市の「的場 和子」さんという、古典・仮名・小文字をはじめ前衛など、書一般をてがける書道作家です。現在も安田屋家具店2階の四代目のパソコンデスク近くの壁面に展示してあります。

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横には友人の澤田尚正さんが撮ってくれた四代目の写真パネルも一緒に展示してあります。

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11月 2, 2014 · Posted in インテリア雑貨  
    

お客様から桐たんすの洗濯修理についてのお問い合わせがあった。

初めまして。
多治見市在住のKと申します。今回、古い桐箪笥の補修についてお聞きしたいことがあり、 メールしました。

箪笥は、93歳の祖母が嫁入りに持ってきたと思われる桐の整理箪笥です。サイズは幅115.5センチ×高さ160センチ×奥行40センチです。上段・中段・下段と3分割できるようになっていて、側面に取っ手の金具が付いています。

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恐らく70年以上経っており、祖母がヘビースモーカーのため、箪笥は真っ黒です。中を確認してみたところ、上段の内部の左下角に黒い染みと虫食いのような小さな穴が並んで いるのを見つけました。

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中段の棚板には、大きな節がいくつかあり、節が抜けて穴になってしまっているところも2~3箇所あります。

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11月 4, 2014 · Posted in 桐たんす洗濯  
    

お客様から70年前の祖母様のご婚礼家具である桐たんすの洗濯についての問い合わせをご紹介しましたが、そのご返信です。

安田屋家具店からの返信
写真を見ました。一般的なお嫁入り道具の一つである桐たんすです。桐たんすの種類としては、前面と左右側板に桐無垢板を使用し、その他の部分である棚板や背板、引出しの前板以外に杉材を使用した「三方桐たんす」です。

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昔は腕の立つ桐職人のみが総桐のタンスを作り、見習職人は練習用に三方桐をつくりました。そういう訳で、練習用の三方桐の方が圧倒的に世に出回る数は多かったのです。そんな桐タンスでも昔は給料の3か月分位する高価な家具です。数多く桐たんす洗濯を手掛けている安田屋家具店でも、総桐たんすに出会うことはめったにありません。

祖母様がヘビースモーカーが原因で黒くなったのではありません。長年の使用でたんす表面のトノ粉が全て取れてしまい、桐のあくなどが表面に出てこげ茶色に変色したのです。タバコを吸う吸わないに関係なくどのご家庭でもこげ茶色に変色しますのであしからず・・・。他のお客様の桐たんすもこげ茶色に変色しています。もちろんヘビースモーカーのお客様ではありませんでした。

洗濯前

洗濯修理方法ですが、まず金具を全て取り外し、お湯で桐表面の汚れを洗い落とします。次に木部を充分に乾燥させた後、さらに鉋で表面を削り、内部はペーパーをかけます。次に木部の割れや破損部分を補修します。その後、桐たんす砥の粉仕上げといって、表面を削った後に、砥の粉とヤシャブシというカバノキ科の木の実を煎じた汁を合わせたものを塗り、最後に金具を取り付けて仕上げます。

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11月 6, 2014 · Posted in 桐たんす洗濯  
    

3人掛けソファーの座面が落ち込んでしまうので修理したいとのご連絡がありました。急ぎお客様宅にお伺いしてソファーを確認すると・・・・、

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アパカ材紐を編み込んだ本体の大きなソファーでした。座面が落ち込むとのことだったので、座クッションを取外してみると座面板が折れているようです。

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ソファーをひっくり返して、座面裏貼布地を破って座面板を確認すると、ソファー本体とネジで固定されているだけのようです。座板が取外せれば修理は可能です。

早速、破損した座板を取外し安田屋家具店に持ち帰ります。座板をじっくりと観察すると・・・・、 これは構造的に壊れるわなぁーと、思うしかない四代目でした。

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お化粧用の黒い布を取外します。

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まずは座板に使用されている材料。
梱包材に使用するような雑木です。
節はあるわ、曲がっているはと、座板の材料としては使用しない材料です。厚さも薄いし、補強材の数も少ない。

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11月 8, 2014 · Posted in その他の家具修理  
    

11月3日の祝日に、岐阜市の中心商店街である「柳ヶ瀬」が、人、人、人の黒山となっていました。

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昭和30年代の高度成長期によく見られた往年の柳ヶ瀬が復活しました。毎日こんな光景が当時は見られたんでしょうねぇー。下の写真は昭和30年代の柳ヶ瀬本通りの光景です。

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11月 10, 2014 · Posted in 四代目のつぶやき  
    

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