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聴神経腫瘍手術体験記4

【実録! 聴神経腫瘍との闘い】手術前日2

2011年3月2日は、四代目が聴神経腫瘍摘出手術のために東京警察病院に入院した日です。手術をしてからとうとう10年以上が経過しました。手術した右 耳の聴神経はやむなく切断したために聴力はなくなり左耳だけでの生活を過していますが、手術前となんら変わりなく元気に仕事もできることに感謝です。あの 時の体験を自分自身に振り返るために再掲載することにしました。毎年何回もお読みいただく皆様にはしばしお付き合いの程をお願い致します。


3月2日

詳しい手術説明が行われ、何となく静まり返った室内であったが、些細な話題が一瞬その場にいた人達の笑いを誘い、ほんの少し重苦しい空気が流れていくのを感じた。最後に
「難しい手術ですが、明日はがんばりましょう。腫瘍と闘いましょう」
「皆さん明日はよろしくお願いします」

河野先生をはじめスタッフ一人ひとりと硬く握手をしようと考えていたが、いろんなことが渦巻いて言葉を述べるのがやっとであった。

「四代目ですね。ブログ見ました。時々自分の名前で検索しているんです。先日、安田屋家具店というのが検索に引っかかってね、何で家具屋さんという訳で読んだんです」思ってもいなかった言葉を聞き驚いた。河野先生がブログを見つけていたらしい。四代目と同じようにパソコン好きかも知れないと思った。年齢もほぼ同じであり、同じようなパソコン環境を生きてきたわけで、河野先生のブログでの返信作業を見ていて何となく四代目と相通じるものがあるかもしれないと思っていた。やはり細めな返信作業は、好きでないとできない。好きだけでもできない。好きであり、相手の役に立とう、世の中の役に立とうとする強い意思が無ければできないことだと思っている。きっと河野先生も同じなんだろうと思っていると、家族は隣で「ほらっ」というような引き攣った笑顔で私の腕を小突いた。思わず「ありがとうございます。ご指摘部分は直します」というのがやっとの返答であった。

 退出する際に再度「よろしく頼みます」と強く言って病室に向かった。
病室までの短い時間、沈黙のまま歩いた。
とても長く感じたが、二十歩ほどの長さであった。
病室に戻っても沈黙が長く続いた。
そして家族が買い物に出かけていった。
担当ナースがやってきた。

「睡眠薬ご用意しますか」
「いや、必要ないです」
「そうですか。手術前で眠れない方用にご用意してありますので必要なときは言ってくださいね」と天使がささやくような心に優しく響く言葉で言ってくれた。心がほんの少し安らぐのを感じた。その後は何事も無く時間だけが刻々と過ぎていった。夕食後に家族は宿泊先の中野サンプラザホテルに帰っていった。一人病室に残り、後数時間で始まる手術への不安と恐怖とひたすら闘っていた。といっても手術そのものは全身麻酔であり、長時間の手術であっても本人はまったく意識が無い時間なので恐怖や不安はまったく無かった。当然生還することを前提にしている。恐怖や不安よりも、少しわくわくした遠足前日のような気分でもあった。初めての手術に対する好奇心のほうが強かった。

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